ファイナンス修士、会計学修士、事業創成研究科、社会企業研究科はMBAとは別物。Master of Science (MSc)です。MBAと言ってる大学がある。概念違い。MBAは日本語にすれば経営管理学研究科から始まるのが適切。しかし日本には正式にMBA学位は存在しない。文科省は各大学が学位の英語表記に関して管理していないので学問体系からして間違った学校があります。魚屋と肉屋は違う。蟹とかに蒲鉾も違う。

ー天野東大名誉教授専門職大学院の市場混乱

ー天野東大名誉教授
専門職大学院の市場混乱

専門職大学院
「専門職教育と大学院政策」
東大名誉教授 天野郁夫 2004

今修士号の学位種は1000以上ある。
日本は異常。文科省の不可思議さ
「学位は言ってみれば大学・学問の世界や職業の世界,さらに は広く日本の社会やグローバル化する国際社会に流通する,一種の「通貨」である。
国際的な流通性 を保証するためには,その内容や水準は言うまでもなく,名称についても,十分な関心を払う必要 があるのではないか」
ー天野東大名誉教授

専門職大学院の市場混乱

専門職大学院
「専門職教育と大学院政策」
東大名誉教授 天野郁夫 2004

学位名称の多様性を,自由化の産物として積極的に評価すべきかもしれない。しかし, 学位制度が社会的な制度のひとつであり,しかも授与されるのが職業上の資格や能力と直接結びつ いた,ほかならぬ「専門職」学位であることからすれば,名称の多様性は混乱とみるべきではない か。一般大学院の授与している学位名称のなかには,上記専門職学位と同一名称のものが少なくな い。例えば「経営学修士(専門職)」と「修士(経営学)」とは,なにがどのように違うのか,さら にいえば同じ専門職学位でも「経営修士」と「経営学修士」とは同じなのか,違うのか。 それらは新制度の発足時に特有の混乱であり,制度が社会的に定着していけば,やがては収束す ると考えるべきなのかもしれない。しかし先にふれたように,専門的職業とは何かについての十分 な議論や共通の認識,さらには明確な定義のないままに「専門職」大学院が発足したことが,こう した混乱の原因であるとしたら,それはさらに拡大することはあっても収斂することは,望みがた いのではないか。 とりわけ,既存の大学・大学院の一部として設立されるのではなく,例えば専修学校などを母体 に「市場」に新規参入する専門職大学院のなかには,競争を強く意識して新奇な専攻名や学位名称 を使うところが少なくない。しかし,学位は言ってみれば大学・学問の世界や職業の世界,さらに は広く日本の社会やグローバル化する国際社会に流通する,一種の「通貨」である。中教審大学分 科会で,法科大学院の修了者にあえて「法務博士」号の授与を認めたのも,単に標準年限が3年だか らというだけでなく,モデルとされたアメリカのロースクールの授与するのがドクター号だという, その意味での国際性を重視したためである。 専門職大学院,いや日本のすべての大学院の授与する学位の,国内のみならず,国際的な流通性 を保証するためには,その内容や水準は言うまでもなく,名称についても,十分な関心を払う必要 があるのではないか。

実戦的とは!

実戦の場では訓練なしには戦えない。訓練には理論と法則がある。これ無くして実戦的とはなり得ない。戦闘機も大砲も料理も全て順序法則理論がある。

ケース中心の学習もその戦略を分析するにもどの訓練知識法則理論がなくワイワイ思いつきで好きな事発言してても茶話会でしかない。

MBAの教員は先生様ではない

重要なキーは,入学者(学生)は参加者であり,投資家でもあり,教員は先 生様ではない.均等な価値以上を返す役目,ファシリテーター,エンターテー ナー,コンダクターでもある.両者が緊張関係で対峙する.よって教員は,専 門科目を単に教授するレベルをはるかに超えた能力がいる.ましてや参加者に 反論されて,上から目線で学生のくせに,は決してあり得ないのが本来の MBA クラスである.本来,当然教員は,アカデミックな面と実戦的経験,前 線におけるビジネス経験は必須であり,いわゆる,火の粉を浴びていなければ 投資家である参加者に対して教授する資格はない,とも言える.実戦経験なき
アカデミック教員の世界は研究科課程である.

MBAの概念

戦略的医療マネジメント 中外医薬社

序章。2)MBAの概念と経営学 [4頁(3200字)]
喜多元宏(ExeJapan Business School代表。DBA,MBA,MEdu,MEng.英国Qualifi-PGD認可校、英国国立Anglia Ruskin Univ MBA提携校)
要約:
*MBAには世界共通の概念というものがある。しかし、日本の文科省にはMBAの概念はない。つまり日本の大学に正式にMBAという学位は存在していない。
*日本の教育機関で何でもMBA表記しているが、これは市場を混乱させている。
*MBAコースの概念は、キャリア・ディベロップメント・ゼネラリスト・プログラムであり日本の経営学修士号コースとは同じではない。
*MBA教育における教員は、ファシリテーター、コンダクター、エンターテイナーでもあるので、経営学におけるアカデミック教員とは異なる。
*MBA概念を具現化させるには、教育機関がMBAについての第三者品質保証が必要である。

戦略的医療マネジメントには、経営管理学の世界共通言語でもあるMBA(Master of Business Administration)コースを学習する事は必須条件でもある。しかし、残念ながら日本という国では、このMBAが大変に勘違いされていると言っても過言ではない。それは日本という国の教育的歴史や制度がネックとなっている。

まず最初に厳しい事を書かねばなりません。日本の大学が何でもMBAと表記している状況は市場を混乱させる由々しき問題でもあります。応募してくる学生に本来の正しい情報を与えていない懸念があり、教育的インフォームドコンセントができていない傾向がある。MBAと表記しないと学生募集がままならないからという理由でしょう。そもそも日本の大学の認可をしている文部科学省はMBAについての概念も担当部門も無く、ましてやMBAの認証機関でもありません。よって、日本の大学はすべて日本語で書かれた文科省認可の学位しかなくMBAという英語の学位は正式には存在していないという事をまず認識することです。入学希望者は日本の情報だけではなく、英語で本来の意味を調べておくことが重要であります。日本は海外から入ったものを日本流に勝手に変更してしまう傾向が大いにあります。これが間違った認識のままの「何ちゃってMBA」化し「間違いだらけのMBA」を生んでしまう理由にもなっていると思われる。教員や事務担当者がMBAの概念を全く理解していない大学すらもある。

さて、日本ではMBAと経営学の修士課程を同じもの、つまりMBAの日本語訳を「経営学修士号」と、どの雑誌や新聞マスコミもこのように訳している。ここが「間違いだらけのMBA」の出発点でもある。単純に「経営学修士号=MBA」と思い込んでいて、大学院課程のこの日本語表記の学位はすべてMBA 的授業を行っていると思っている人が多くいます。そこで、同じビジネスのコースであっても、研究科課程の「アカデミック・スクール」(グラデュエイト・スクール)とMBA に代表される実学的な経営管理学修士課程を持つ「ビジネス・スクール」(プロフェショナル・スクール)の2 つに分けて見るべきだということを言っておきたい。

また、経営学と言っても狭義と広義では周辺の学問のとらえる範疇が大きく変わる。基本簡単に表現すれば経営学は、一企業や組織体がいかに効率よく収益を上げるかを追求し研究する学問であり、広義でいえば哲学も入る。そもそも学問は哲学から発しているから欧州のエリートスクールでは哲学は必須となっているケースも多い。日本は哲学を学ぶというよりは事象ばかり追いかけている傾向があるのではないか?。経営を深く掘り下げて経営学として研究するには本来は学習しておかないといけない学問でしょう。日本ではアカデミックツリーが欧米の常識とかけ離れているケースも多く理解されないことも多々ある。日本流は通用しないという事です。

半面、MBAは経営学というよりは、経営管理学の範疇であり、更にはジェネラル・マネジメントの領域である。英語で訳せば、経営学修士はMaster of Science in Managementに近く、MBAはMaster of Business Administrationである。MBAは所謂メカニックなプラクティスの学習といえば分かりやすいでしょう。以前はMBAは、そもそも学問ではないと揶揄された為か最近ではアカデミック傾向に偏重しているスクールもあり得る。こうなれば入学者は実戦的なプラクティスを学ぶために多額の学費を払ってまで来るには概念が合わなくなってくる。MBAはMaster of Business Analysisと結果を出せずに分析(Analysis)ばかりしていると批判する人達もいる。

MBAの概念、MBAには立派に概念が存在します。MBAなどのビジネス系学位コースの品質保証を生業としている所謂国際認証機関の代表的な米国の1916年創立のAACSB International や、英国高等教育品質保証機構(QAA=Quality Assurance Agency for Higher Education) にも概念が紹介されている。特に英国QAAの修士号のBusiness and ManagementのSubject Benchmark Statementには下記の様にType 1-3が記載されている(図1)。

Type 1はSpecialist degreeであり、例えばMarketing, Finance, Accounting, HRMなどを専門を深く広く学習するコースである。しかし、「会計学修士」や「ファイナンス修士」のコースの学位を単に「MBA」や「MBA in Accounting」「MBA in Finance」などと表記している日本の大学がある。であれば、そのプログラムの基本のコアはあくまでもMBA のはずであり、選択科目あるいはアドバンス科目で、会計学、ファイナンスとなるはずである。つまり、MBA が基本になってないと整合性 が取れない。しかし、それらのカリキュラムをよく見ると、日本語で表記された通りの「会計学修士」「ファイナンス修士」の内容である。英語で表記すれば、「会計学修士」は「Master of Accounting」或いは「Master of Science in Accounting」となり、「ファイナンス修士」は「Master of Finance」或いは「Master of Science in Finance」となるのが常識というものだ。MBA (Type 3)と会計学修士やファイナンス修士(Type 1)が同じものではないからである。

MBA はType 3であり、「スペシャリスト」よりも「ゼネラリスト」 を育成するためのものである。英国QAA では、MBA をキャリア・ディベロップメント・ゼネラリスト・プログラム(career development generalist programme)と定めている(図2.2.10一行目)。
入学基準も少なくとも2年以上の職業経験が必要である。イギリスはビジネス経験のない候補者は応募できない。これは米国との違いでもある。概して欧州のビジネススクールは職業経験が必要である。

MBAコースが育成する人材のゴールは、やはり「プロの経営者」であろう。したがって、企業経営に関する知識とスキルを網羅的に学びながら、「経営に関する問題解決の手法」を身に付けるのがMBA 教育の最大の眼目となる。MBA のカリキュラムでは、必修科目において、ジェネラル・マネージメントに必要な、人材管理、組織管理、マーケティング、財務、会計、企業ファイナンス、計量分析、マクロ・ミクロ経済学、経営戦略などの広範な領域の科目が配置されている。
さらに勘違いが多いのは、その学習法や教授法である。詳細は紙面の関係で省略するが、所謂チョーク&トーク、教員が教壇に立って一方的に講義し学生がメモを取り記憶するというものではない。またMBAの真骨頂は「ダイバーシティー」と「ゼロベース思考」。これ無くばMBAの授業は本来形成されない。入学選考は、一つのクラスには社会の縮図に相当するアロケーションを考慮される。色んな経験職種の入学者を基本として、ダイバーシティーを形成する。ここで参加者は自分の常識を超えたクラスメートと切磋琢磨する(ソフトスキルの醸成)し、一旦ゼロベースで考えを受け入れる柔軟性を持つ。
重要なキーは、入学者(学生)は参加者であり投資家でもあり、教員は先生様ではない。均等な価値以上を返す役目、ファシリテーター、エンターテーナー、コンダクターでもある。両者が緊張関係で対峙する。よって教員は、専門科目を単に教授するレベルを遥かに超えた能力が要る。ましてや参加者に反論されて上から目線で学生のくせに、は決して有り得ないのが本来のMBAクラスである。本来、当然教員は、アカデミックな面と実戦的経験、前線におけるビジネス経験は必須で有り、所謂、血の粉火の粉を浴びていなければ投資家である参加者に対して教授する資格はない。とも言える。実戦経験なきアカデミック教員の世界は研究科課程である。

最後に、MBAの概念、参加者、教員がいても、それを反映させるフィールド、つまりスクールが必要である。ではMBAと言えるスクールとはどの様なものか?
日本には、アメリカのビジネススクールを参考にした「専門職大学院」 が有り「ビジネス・MOT」の分野のスクールが令和2年で30ある。勿論これは世界の経営管理学の共通言語としてのMBAとは同じであるとは必ずしも言えない。日本流である。終章。国内で学べるMBAで説明する。
図1QAA Subject Benchmark Statement / Master’s Degrees in Business and Management (June2015)P5

図2QAA Subject Benchmark Statement / Master’s Degrees in Business and Management (June2015)P9

第三者品質保証

教育機関及び教育プログラムの品質保証は大変重要であります。

そんなももなくても構わない近い言ってるビジネススクールの学生がいますが。

仕事した後でお客様からお金を頂き、「あのーウチのサービスや商品は品質保証ないです」って言ってるようなものであります。

英語出来なくてMBAと言えるか?

100%日本語で取得できるコースにゆく人も多いがそれで良いのでしょうか?

日本国内で英語使わなくてもビジネスできる環境は沢山ある。しかしMBA取得者が英語出来ないでは宜しいのか?インターネットに代表される通信技術の大きな進歩で世界中に一瞬に情報が伝播される時代には英語ができより情報元から入手して他社に先じてビジネス企画を開発してこそ余計な給与を払ってるMBAの意味がある。

日本語しか分からなければ日本人が言った事、書いた事からしかし情報が入らない。これは間接的でありバイアスもかかり不精密かもしれない。丁度 流しそうめんに例えれば、上から取れば新鮮だが下から取れば他の人の箸でつついた物を取ることになる。そもそも他国の人と英語で直接やりとりできないマネジャーを私なら雇わない。江戸時代の出島と同じ。ましてや海外大学MBAで有れば尚更である。学位取得後、英語出来ませんでは日本の大学での方がまだ印象は良い事になる。

自称MBA何でもMBAではない

ご自分で調べて早く気がついてください。中にはそんな事より沢山クラスメートがいてと言う人が居るがそのような人に限って〇〇大学MBAですと名乗る。

品質保証をどうでも良いというので有れば、ご自分の仕事を引き受けて先方に納めてお金もらう時に、「あのーうちの仕事品質保証ないですがよろしいでしょうか?」っていってるようなもの。

MBAに対する勘違いを指摘して適切なMBAを理解してもらう。日本の大学の正式な学位にMBAは存在しない。MBAを理解してないMBAホルダーが蔓延。何でもMBAにしてしまう日本の大学の滑稽さに気づいてもらうサイト。