英国ウェールズ大学MBAについて

よく聞かれるのですが、この大学のプログラムを新宿で運営されているようですが、どうなのでしょうか?と。英語で言えば University of Walesとなりますが、University of Walesは2011年に英国国営放送BBCがスキャンダルを暴き、大学として学位授与機構としての機能を喪失(閉校)しました。

https://www.walesonline.co.uk/news/wales-news/lecturer-examiner-whose-fraud-helped-9626829.amp

その後、3校合併して、University of Wales Trinity St Davidとなってますので、University of Walesという大学は学位を授与できる大学としては存在していない。当然この大学名での学位はあり得ません。

日本語で言えば正確には英国国立ウェ―ルズ・トリニティー・セントデービッド大学です。英国国立ウェールズ大学トリニティーセントデービッドではないです。わかりやすく銀行の例で言えば、三井住友銀行はあるが、三井銀行はもうないのです。

ついでに、ウェールズ大学(旧名)自体が日本に進出しているのではなく教育プログラムのValidationです。英国のプログラムの輸入ではなく、日本で設計したカリキュラムを大学側が認証しているという形です。

専門用語でいえばProgramme Mobilityにあたります。日本校では無く日本プログラムです。ウエールズ大学(旧名)が認証した日本の教育機関のプログラムという意味です。

正解には、MBA programme validated by the University of Wales Trinity St David となる。

例えばアメリカのテンプル大学日本校がありますが、これはテンプル大学自体が進出し、日本校(この場合は日本校という言い方になります)として運営されてます。これはprovider mobilityと言います。ご参考に。

MBAの勘違いケース多摩大

この方も勘違いの1人ですね。
肝心の事がお分かりでない。

多摩大学がMBAという根拠が無い
(再三者品質保証無し)。
日本の大学の学位にMBAは無い。
京都大、東京理科大もMBAとしての根拠無し。
教授が企業経験あるか?では無く前線で血の粉火の粉浴びてるかで、経歴だけ立派なビジネス経験者なんでいっぱいいる。
そもそもMBAは経営学修士では無く経営管理学修士。
そもそもMBAの教員はファシリテーターであり、エンターテイナーでありコンダクターである。学生から突っ込まれて教員目線で学生にあたるのは論外である。
学生は参加者であり投資家である。
この重要な姿勢が分かってない学校や教員の氾濫。

ここ記事

https://news.yahoo.co.jp/articles/f48eb8bd9b7bfb72fc6f410040809f11d64e68f6

MBAスクールの合格率?卒業率?

よくご質問受けるのは、入学率は?と卒業できる率などですが、MBAと言えども大学院の修士課程のコースですから、当然実学とアカデミズムを合わせ授業を行ってます。日本人の多くは大学入試や資格試験の様に絶対正解があって、それを正解とした意識が強すぎる為にすぎにそちらに意識が行くようです。

例えば話が変わりますが欧米の有名大学に入学した聞くと、すごい頭が良いと思ってしまう傾向があります。入試自体が日本とは違ってる事を知らないか意識してないか、日本式が刷り込まれていてそれ以外が考えられないくらい洗脳されているかです。例えばハーヴァード大学の研究をした元同志社大の小林先生は、ハーヴァードはリソースを大事にするので、日本の様に学力一辺倒では選考しない。学力3割、名門3割、財力3割、その他1割と言っています。当然と言えば当然ですね。

さて大学院に戻して、MBAの世界でも課題つまりアサインメントがあり、それに答えなければなりません。それは絶対正解があるわけではなく、与えられたテーマについて各人がすでに証明された理論や考え方を応用して、自分なりの論理や戦略を組み立て、論理に整合性のあるものを提出するのが常ですから、隣の学生の書いたものと自分の書いたものは同じではありません。その結果、パスしたとかしないとかとなり、よって90%パス率と言っても、それぞれのケースが違うわけですから、90%パスする保証もなければ、パスしない保証もないです。統計に拘り過ぎると見えるものも見えなくなります。しょせんは統計です。ご自分がどのような学習結果を出すかどうかですから、他人との比較ではありません(絶対評価の場合は)。勿論保証するものではないです。お気持ちはよくわかりますが。ビジネスでも統計やデーターは重要ですがそれだけに頼ると人間の存在が不要となります。今成功しているビジネスで、かつて大手有名コンサルタント会社から否定されたり、市場調査から否定されたが、あえて実行して成功したケースは無数にあります。勿論失敗のケースもあるでしょう。社会科学の世界は化学ではないので、絶対はないですね。ましてや起業家であれば挑戦しなくて何が起業家だという考えもあります。新たな市場や新たなビジネスであれば、過去の参考はむしろ前進を阻むものとなる可能性もある。ビジネスや人生を楽しむものであれば、あえて挑戦する事が良いですね。

MBAスクールの基本中の基本


5大特徴
1. 第三者品質保証
2. ダイバーシティー(多様な参加者を一つのクラスに構成する→視野狭窄から自己発見させる)
3. 参加者は投資家である。投資家には均等以上の価値を返す。対等である
4. MBA は知識学習ではない
5. ゼロベース志向
■まず、勘違いだらけの MBA(知識偏重学習ではない)
ーMBA 学習の勘違い、間違い。知識の張りぼたではない。
ーMBA というには第三者品質保証が要る。日本流 MBA はアジアでも通用しない。
第三者保証がないということは品質保証のガバナンスがないという事。
MBA は経営管理学の世界共通言語であり、勝手に日本流に改編してはいけない。
ーMBA 学習は自己発見の旅である。
ーMBA 学習においてアジアの中での後進国
◆MBA は経営管理の国際的共通言語。もはや自動車免許。学習していないと遅れをとる。
◆今は、企業上級管理職に経営管理博士が必要とされる時代となった。
◆裾野と視野を広げる学習が必要→柱が細ければ強風で倒れる。
ーすぐに役立つものはすぐに役立たなくなる。
◆日本の社会人は OECD 加盟国の中で最も勉強しない
◆今の日本はオランダ語(?)を世界共通語と勘違いしている
◆MBA の真骨頂はダイバーシティー。Career development general management コースであり、一つの分野を深く掘り下げるコースではない。よって多様な参加者ともみ合い自己発見する。

MBAの概念はGénéral Management

既に何度も書いてるが日本という国はなんでもありでプリンシプルが無い。

MBAについても同じことでアカデミックツリーを無視して平気でコースの説明をして無知な参加者に勘違いをさせているスクールが余りにも多いのには呆れてしまう。

下記は英国高等教育品質機構(QAA)の概念であります。

MBAはType3のGénéral management であり会計やファイナンスなどのSpeciality degree courseでは無いのです。かつて早稲田大学ファイナンス研究科がMBAと言っていたがこれも間違いで廃コースになった。中央大学アカウンティングコースも世界の常識ではMaster of Accounting or Master of Science in Accounting でありQAAで言えばType1であります。勿論MBAとしての根拠がないMBAスクールも殆どで国立大学のそれは最も根拠が無い。と言うことを知らない人も多いが大学もそれを説明しない。教育的インフォームドコンセントが出来てない。MBAは世界の経営管理学の共通言語ですからガラパゴス日本の学位より信頼度の高い英国国立大学や海外のまともな学位を取得しておかないとAsiaでも通用しない。東大や京大といえばAsiaでエリートと思われると思ってる人が居るとすれば井の中の蛙ですね。彼らは世界基準で日本のレベルを大きく超えてます(ビジネススクールの業界)。

海外大学位で英語できないケース

日本で、海外大学院の学位コースを日本で受講でき留学不要のプログラムが数校あります。基本英語で、英語と日本語で授業で課題は英語でというコースもあれば、オール日本語というのもあります。こういうケースがあります。英語が苦手で、できればオール日本語のMBAコースが良いと思うが、どうせなら日本の大学より海外の大学のほうが受けがよいだろうと思って、オール日本語の海外大MBAコースに入学した人がいます。入学してから英語は勉強すればよいと思ったのでしょう。しかし、仕事も勉強も忙しく英語の勉強など出来ないということが分かり、しかも英語を使わなくても卒業できる為、当然英語の勉強はしないまま卒業した。社内でも「あの人海外大MBA出てるのに英語できないようよ」と冷笑されるようになった。何かあるごとに「英語できるんでしょう?」と聞かれる。トラウマとなる。

彼は転職を決意してヘッドハンターと面談。MBAなら当然外資系企業のほうが受けが良いからお願いしますとなったが、当然ヘッドハンターは、「英語できますね?」ときます。「いやーそれが、、、」。「えーできないの?」。ヘッドハンターは普通3か月に1件決めないと解雇されます。よって売れる案件を真っ先に優先します。このようなケースの候補者を外資系の採用担当者(通常は人事ではなく事業部長)に紹介はできません。英語のできないMBホルダーを紹介できるわけがないです。

もうお分かりと思いますが、同じ日本語なら海外大学が良いと思うことは最後に思ってたことと真逆なことになるということです。

今の時代、いろんなメディアがあり真っ先に情報を入手して新しいビジネス企画などを会社を期待しているわけです。日本語しかできないとなれば入手する情報は、どこかの日本人が書いたメディアを通じてしか得られないということです。これは感心しません。

MBAは日本的体質になじむのか?

下記記事は、2008年に光文社ペーパーバック「間違いだらけのMBA」より抜粋した内容です。よって当時の数字や状況と相違する点があります。

MBA は日本的な体質になじむのだろうか?

ある国内の有名大学院(ビジネススクール)で、不適当な教員 facilitator を入れ替えようとして教員たちからボイコットされ、中止せざるをえなかった、という話を聞いたことがある。実際にビジ ネス現場を知っている学生にとって不人気 unpopular な教員、ある いは時代遅れ behind the times の講義を続けている教員は、やはり 淘汰 ask to leave されてしかるべきだろう。
しかし、日本ではなかなかこれができない。これは、日本的な体 質 Japanese custom の問題ともいえる。しかし、こうなると、学生 に対しての MBA の「質の保証」はできないだろう。
教員評価制度を採用している大学院は増えているが、問題は、そ の評価結果 result に対して教員の入れ替え reshuffle ができるかどうかである。また、評価結果を総括して学生側とミーティングを開き今後の発展のための議論が必要にもかかわらず、まったくといっ ていいほど行われていない。これでは何のための評価か?
実際に私は、ある大学院の事務長から、 「喜多さんのところはいいですね。うちも交代させたい先生がいるが、なかなかできなくて困 っている」と言われたことがあった。
また、 カリキュラムの組み替えや構成も、 重要なポイントである。
欧米のビジネススクールでは、 カリキュラムの全体構成についても、 MBAの必須科目requisite subjectsのシーケンスを考えた配列順序 order の整合性を、つねに審査 check される。必須科目と選択科目 elective subjects との整合性、さらには、1 つの分野(例えばマー
ケティングやファイナンス)の必須から選択の流れの整合性なども、 随時、審査されるのが普通である。
日本の場合、とくにひどいのがシラバス(英国ではモジュールアウトラインと言っている)である。日本の大学の授業科目のシラバスを見ると、そのほとんどがシラバスといえる内容になっていない のではなかろうか? シラバスというより、単なるコース・ディスクリ プション course description に等しい。シラバスは、講義の目的やそれを学習することでなにが得られ、そのためには教員はどのような授業をディバリーすべきか、さらには、その評価との関連性を論理的に完備されていることが必要とされる。これが、英国では厳しく審査される。支払う順序は別として、学生は科目のシラバスを見て受講科目を決定し、その授業料を支払うわけである。とすれば、 その内容が不完全で、学習効果 learning outcome がなんであるかも
不明瞭で、評価の論理性もなければ、授業料はドブに捨てたに等しい。しかも、シラバスに書いてないことが要求されるようであれば、 まさに論外であろう。シラバスは契約書 contract であるといっても過言ではない。したがって、シラバスの不備は、裏切り行為といえ るのではないか?
だから、欧米ではカリキュラムを管理するアカデミック・ディレクターが置かれているが、日本のビジネススクールではこれができる人材は少ない。したがって、学校によっては、この整合性がとれ ず、各科目間の連携collaborationや情報交流information exchange
もなく、科目が単にばらばらに存在しているだけというところもあ る。

大げさになるが、ビジネススクールの責務 responsibility は、入学者に対する質の保証であり、社会に出た履修者が社会に貢献 contribute to community できるように教育することである。
筆者は、定期的に学生と事務局とのコミュニケーションの場を設 け、よく学生と討論バトルを行った。学生と同じ目線 same direction で、口角泡を飛ばし、議論 discuss したことが、学生にとってどう映ったかはわからない。しかし、日本の大学院のビジネススクールにいる知人によれば、ディレクターが学生たちとドンドン議論を交 わすようなことは、ほとんどないという。 いずれにせよ、日本のビジネススクールや MBA は、まだ“ひよこ”のようなものである。いままでの日本の歴史になかった実学教育である。だからこそ、日本人が得意とする「和製改変」されずに 根付くことを、筆者は願ってきた。
甘えと妥協を許さない米国のビジネスカルチャーをベースに発生、 発達してきた MBA というビジネススクールに、日本の農耕型企業社会、過剰サービス社会で育った日本人や日本の大学体質が、はた してなじむのだろうか? また、知識偏重教育 knowledge-oriented education や詰め込み教 育 cram education で育ってきた日本人は、本来の MBA を理解し たうえで、それを今後の日本の企業社会の発展 development of the corporate society にどう生かしていけるだろうか? まさに、いまの日本の MBA は、創世記の混沌 chaos のなかにあ る。
ひよこは、最初に出会ったものを親と思い込むという。だからこ そ十分に気をつける必要がある。MBA

国立大学系ビジネススクールの疑問

再度書きます。

下記記事は、2008年に光文社ペーパーバック「間違いだらけのMBA」より抜粋した内容です。よって当時の数字や状況と相違する点があります。

国立大学系のビジネススクールへの疑問

さらに、国立大学の独立法人化 independent agency という問題が加わってくる。日本の国立大学の運営は、いままではすべてお上頼りdepend on the government だった。この体質を改めるために独立法人化がはかられた。つまり、各国立大学は独自に運営され、 民間の競争原理market principleによっていっそう発展するという 道筋が引かれたわけだ。 しかし、現実はその逆である。法人化 incorporate により、逆に 国の支配が進んでしまったと言われている。
独立法人化にともない、いっせいに新設された「理事」に、ほぼ例外なく文部科学省の職員が出向している。つまり、法人化は文科 官僚の天下りシート golden-parachuting seat と化してしまった。
また、各大学に中期目標の作成や評価制度の義務付けが課せられた ことも、文科省による支配を強めたのである。
これでは、国立大学系のビジネススクールが本来の欧米のビジネススクールとは似ても似つかぬものになったとしても不思議ではな い。 こんなことで、どうやって最先端のビジネスマンを養成 cultivate できるのか? 筆者にははなはだ疑問である。 日本の国立大学の収入 income の内訳をみると、運営費交付金(国 立大学の中核的な補助金 subsidy)が、87 大学全体で収入の半分近くを占めている。しかし、同じ国立大学でも、英国国立ウェールズ 大学(英国本国)の例を見れば、国からの補助金は全収入の 13%で あり、海外認定校からの収入は 42%である。
これは、独立法人化したといっても、日本の国立大学が依然とし てお上体質であることを示している。しかも、国立大の 2008 年度の政府予算案では、運営費交付金が大幅に減らされている。前年比約 230 億円減の 1 兆 1813 億円となり、さらなる経営革新をしてい かないと、半分以上の国立大学は立ち行かなくなるときも近い。
はたして、国が実社会のビジネスリーダーを養成できるであろう か? 独立機関ならば、その組織体も俊敏でフットワークのよい経営 感覚 business mind-set が当然のように要求される。だとしたら、学生による教員評価などで大胆に教員を入れ替えるくらいのことは
して当然である。さらには、学生への転職カウンセリングなども積 極的に行う必要があろう。 しかし、官僚体質 red tape の国立大学に、このようなことが可能かどうか。これも、看板は“うなぎ”だが、中身は“あなご”の例である。アカデミックな象牙の塔で看板だけを取り替えたところ switching the board で、なにを育てられるのだろうか。
ただし、本来のビジネススクールが、最近はアカデミック・スク ール化してきているという世界的な傾向 worldwide trend がある。
しかし、だからといって、これまでのようにアカデミックの世界だけで教鞭を取ってきた教員だけでは、ビジネスは教えられない。ビ ジネス経験のない教員が「君たち、ビジネスとは? 経営とは?」な どと説いても、学生はアカデミックな理論 theory を勉強するために 大金をはたいて入学するわけではない。 また、ビジネススクールだからといって実務経験 business career ばかりの教員を配置するのも、視野狭窄 lack of perspective になり
かねない。このあたりの絶妙なバランスを、国立大学はできるのだ ろうか?

MBAに対する勘違いを指摘して適切なMBAを理解してもらう。日本の大学の正式な学位にMBAは存在しない。MBAを理解してないMBAホルダーが蔓延。何でもMBAにしてしまう日本の大学の滑稽さに気づいてもらうサイト。