日本のガラパゴス教育

日本のガラパゴス教育
日本の大学に英語表記の学位名称は文科省認可だと思ってる人が殆ど。
しかし、文科省は一切関与しない。勿論MBAやDBAなどの英語表記の学位は正式には無い。
よって大学によっては概念違い筋違いな表記を勝手にしているとこがある。
豆腐屋の看板あげてラーメン売ってる様なコースがある。
で、海外の上位の学位コースに応募したときに教授からその違いが指摘され差し戻し或いは証明を求められる。

世界大学ランキングからはずり落ちていてアジア有力校との差が開くばかり。世界の大学目指すと言っても真逆ですね。
日本の有名大学に甘んじても所詮は井の中の蛙。世界ではインパクト全く無し。
若者には海外大学を目指して欲しいものだ。
というと京大東大出身でノーベル賞受賞された研究者はアジア有力校より多いという人がいる。しかしその方達はアメリカの研究機関で研究したんでしょう?

日本人は妙な事に妙な事をくっつける。
例えば、東北大震災の翌年大学院修了式後に本郷赤門で記念写真撮ろうとすると教授から「いや今こういう時期なので控えませう」と言われたので、「何を言ってるんですか?関係ないですよ。我々が頑張って論文書いて修了でき、記念に赤門で写真撮って何が悪いのでしょう?」と意見したら渋々了解して記念写真撮れた。でクラスメートカラ ありがとうと言われたけど本来は自分たちで言うべきところ。

日本の大学のMBAというのはもうやめませんか?

卒業シーズンになりました。ネット上では、マスコミ関係者、特に女子アナのMBA取得という記事が出ます。しかし日本の大学のMBAという表記です。

しかし、残念ながら日本という国では、このMBAが大変に勘違いされていると言っても過言ではない。それは日本という国の教育的歴史や制度がネックとなっている。

まず最初に厳しい事を書かねばなりません。日本の大学が何でもMBAと表記している状況は市場を混乱させる由々しき問題でもあります。応募してくる学生に本来の正しい情報を与えていない懸念があり、教育的インフォームドコンセントができていない傾向がある。MBAと表記しないと学生募集がままならないからという理由でしょう。そもそも日本の大学の認可をしている文部科学省はMBAについての概念も担当部門も無く、ましてやMBAの認証機関でもありません。よって、日本の大学はすべて日本語で書かれた文科省認可の学位しかなくMBAという英語の学位は正式には存在していないという事をまず認識することです。入学希望者は日本の情報だけではなく、英語で本来の意味を調べておくことが重要であります。日本は海外から入ったものを日本流に勝手に変更してしまう傾向が大いにあります。これが間違った認識のままの「何ちゃってMBA」化し「間違いだらけのMBA」を生んでしまう理由にもなっていると思われる。教員や事務担当者がMBAの概念を全く理解していない大学すらもある。

例えば有名大学のそれは、専門職大学院(ビジネス・MOT)に存在しますが、この制度は文科大臣認可の専門職大学院制度に認可されたものです。各大学の研究科名、専攻名、学位名はすべて日本語です。特に学位名は、必ず〇〇修士(専門職)と入ります。例えば早稲田大学のそれは、経営管理修士(専門職)となります。しかし殆どの大学はMBAと称してます。MBAは英語圏の学位表記で、日本の教育法にはMBAは存在してませんので、正式が学位は文科省認可の通りです。MBA取得しましたという方に、MBAには概念があります、専門コースのMScとはどう違いますか?などを聞けば恐らく答えられる方は少ないでしょう?むしろ、概念?と聞いてきます。例えば選挙に立候補した場合はMBAとは書けないでしょう。省略形であれば、新聞によっては、例えば早稲田大学専門職大学院終了であれば、「早大専院」と表記されます。文科省認可の通りの学位名を語りませう。

ファイナンス修士、会計学修士、事業創成研究科、社会企業研究科はMBAとは別物。Master of Science (MSc)です。MBAと言ってる大学がある。概念違い。MBAは日本語にすれば経営管理学研究科から始まるのが適切。しかし日本には正式にMBA学位は存在しない。文科省は各大学が学位の英語表記に関して管理していないので学問体系からして間違った学校があります。魚屋と肉屋は違う。蟹とかに蒲鉾も違う。

ー天野東大名誉教授専門職大学院の市場混乱

ー天野東大名誉教授
専門職大学院の市場混乱

専門職大学院
「専門職教育と大学院政策」
東大名誉教授 天野郁夫 2004

今修士号の学位種は1000以上ある。
日本は異常。文科省の不可思議さ
「学位は言ってみれば大学・学問の世界や職業の世界,さらに は広く日本の社会やグローバル化する国際社会に流通する,一種の「通貨」である。
国際的な流通性 を保証するためには,その内容や水準は言うまでもなく,名称についても,十分な関心を払う必要 があるのではないか」
ー天野東大名誉教授

専門職大学院の市場混乱

専門職大学院
「専門職教育と大学院政策」
東大名誉教授 天野郁夫 2004

学位名称の多様性を,自由化の産物として積極的に評価すべきかもしれない。しかし, 学位制度が社会的な制度のひとつであり,しかも授与されるのが職業上の資格や能力と直接結びつ いた,ほかならぬ「専門職」学位であることからすれば,名称の多様性は混乱とみるべきではない か。一般大学院の授与している学位名称のなかには,上記専門職学位と同一名称のものが少なくな い。例えば「経営学修士(専門職)」と「修士(経営学)」とは,なにがどのように違うのか,さら にいえば同じ専門職学位でも「経営修士」と「経営学修士」とは同じなのか,違うのか。 それらは新制度の発足時に特有の混乱であり,制度が社会的に定着していけば,やがては収束す ると考えるべきなのかもしれない。しかし先にふれたように,専門的職業とは何かについての十分 な議論や共通の認識,さらには明確な定義のないままに「専門職」大学院が発足したことが,こう した混乱の原因であるとしたら,それはさらに拡大することはあっても収斂することは,望みがた いのではないか。 とりわけ,既存の大学・大学院の一部として設立されるのではなく,例えば専修学校などを母体 に「市場」に新規参入する専門職大学院のなかには,競争を強く意識して新奇な専攻名や学位名称 を使うところが少なくない。しかし,学位は言ってみれば大学・学問の世界や職業の世界,さらに は広く日本の社会やグローバル化する国際社会に流通する,一種の「通貨」である。中教審大学分 科会で,法科大学院の修了者にあえて「法務博士」号の授与を認めたのも,単に標準年限が3年だか らというだけでなく,モデルとされたアメリカのロースクールの授与するのがドクター号だという, その意味での国際性を重視したためである。 専門職大学院,いや日本のすべての大学院の授与する学位の,国内のみならず,国際的な流通性 を保証するためには,その内容や水準は言うまでもなく,名称についても,十分な関心を払う必要 があるのではないか。

実戦的とは!

実戦の場では訓練なしには戦えない。訓練には理論と法則がある。これ無くして実戦的とはなり得ない。戦闘機も大砲も料理も全て順序法則理論がある。

ケース中心の学習もその戦略を分析するにもどの訓練知識法則理論がなくワイワイ思いつきで好きな事発言してても茶話会でしかない。